廉太郎トンネル
但馬屋新屋のすぐそばに「廉太郎トンネル」があります。このトンネルは、明治中期ごろに掘られた素掘りのトンネルで昭和62年に「歴史の道」整備事業の一環としてメロディートンネルとして改修されました。トンネル入り口、出口には熱センサーが取り付けられていてトンネルの中を歩くと反応してどこからともなく哀愁漂うメロディーが流れてきます。
滝廉太郎記念館
廉太郎トンネルを越えるとそこから先は歴史の道、まるでお武家さんが歩いてきそうな町なみです。歴史資料館や武家屋敷、キリシタン礼拝堂などが立ち並んでいます。写真の滝廉太郎記念館は廉太郎が少年時代(12歳〜14歳)過ごした旧宅を改装したものです。
願成院本堂(愛染堂)
市内最古の建造物である願成院本堂は、岡藩2代藩主中川久盛により寛永十二年(1865)に大松陰の愛染堂として設立されました。その後、明治7年(1874)岡城内の愛宕山より願成院がこの地に移り現在に至っています。昭和63年国指定重要文化財に指定されました。「願いが成る愛染堂」と言われ恋愛成就の願いがかなうとされています。
円通閣
昭和47年に市指定有形文化財に指定された円通閣は、漢学者唐橋君山等詩人や文人が集う場所として使われていたと言われています。門扉の両脇の柱には光明真言の一説が彫られています。これを唱えるといっさいの罪業が除かれるといわれています。
十六羅漢
観音寺に通じる石段の右横に16人の羅漢の群像が岩の斜面に並んでいます。この十六羅漢は、昭和54年に市指定有形文化財に指定されました。そもそも羅漢とは悟りを開いた高僧を指しますが、この十六羅漢は仏法を大切に守ることを誓った16人の仏弟子を指すと言われています。
旧竹田荘(国指定史跡)
田能村竹田は、岡藩藩医の次男として生まれる。詩画を好んで各地を遊歴し、当時の文人学者と交わりが多かった。日本南画界の最高峰。天保6年(1835年)大阪藩在中に病死(59才)現在の生家は、寛政元年(1789年)12月類焼し、翌寛政2年に再建。約200年前の建築。。